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どうみる 核兵器禁止条約発効1年 <上> 国連事務次長・軍縮担当上級代表 中満泉さん

 核兵器の開発や保有などを全面的に禁じる核兵器禁止条約は22日、発効から1年を迎える。これまでに59カ国・地域が批准し、3月にはオーストリア・ウィーンで第1回締約国会議が予定されている。一方で、核兵器保有国や米国の「核の傘」に頼る日本などは条約に背を向けたままだ。核兵器のない世界に向けて条約は国際社会にどんな影響を与えるのか。日本政府や被爆地は条約にどう向き合うべきか。2人の識者に聞いた。(小林可奈)

日本は政治的議論必要

NPTとの補完模索を

  ―核兵器禁止条約の署名・批准国は徐々に増えています。現状の受け止めは。
 他の軍縮条約と比べても遜色のないペースで非常に心強い。核軍縮の停滞に多くの国が不満を抱いていたことの表れだろう。核兵器保有国が批准することは近い将来では難しいが、保有国も条約が既に発効した事実を受け止め、不必要な批判は避けた方が良いとの認識は持つようになったように見える。

  ―日本政府は批准や締約国会議へのオブザーバー出席に後ろ向きです。
 日本国内で政治的な議論が十分になされ、核軍縮の進め方や条約への関わり方を考える必要がある。その際、重要となるのは「条約に入るかどうか」ではなく「どのように核兵器を廃絶していくか」だ。条約も核兵器廃絶という目標への途上にできたものだ。

 条約に対する日本政府の見方は少しずつ変わっている。岸田文雄首相は「核兵器のない世界への出口とも言える重要な条約」と述べた。最近の首相にはなかったことだ。日本政府は条約を批判的に見るのではなく、どのような形なら保有国も参加する核拡散防止条約(NPT)と良い補完関係を保ち、核兵器廃絶に近づけるか、との観点から条約に向き合ってほしい。

  ―核兵器保有国と非保有国の「橋渡し役」を掲げる日本政府に求めることは。
 橋渡しの役割を具体的な行動で示してほしい。NPT再検討会議の成果文書で核兵器禁止条約に触れるとするならば、交渉の段階で保有国と条約締約国の間でさまざまな意見が出るだろう。その際に、双方が歩み寄れる提案を示すことも一つの例だ。保有国の間で続く緊張関係を緩和させる支援も求められる。

  ―米国の「核の傘」を軸とする軍事同盟の北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であるドイツやノルウェーが、締約国会議にオブザーバー出席を表明しました。
 オブザーバーとしての出席を望む国は増え、他の複数のNATO加盟国も検討中と聞いている。オブザーバー出席を通じて、各国が核兵器廃絶という目的を共有しているとの姿勢を示すことは重要だ。また、会議は条約の運用についてメッセージを出せる場でもある。オブザーバーには、NPTとの補完の在り方や核兵器禁止条約に求める役割を発信してほしい。

  ―条約が掲げる核兵器の全面禁止に向けて、被爆地広島が果たせる役割は。
 核兵器が使われたときの人道的な帰結について、広島からの発信は非常に重要で、被爆者の存在は国際社会でとても大きい。例えば、国連の研修で広島、長崎を訪れ、被爆者から証言を聞いたことを機に核問題をライフワークにした外交官は多い。国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長もその一人という。

 ただ、被爆者が高齢化する中、被爆の実相をどう継承していくか、考えないといけない。広島を拠点に活動する若者の団体も多く、中にはスマートフォンのアプリを使って、世界中どこからでも広島を訪問できるという創造的な取り組みも出ている。広島から発信を続けてほしい。

なかみつ・いずみ
 1963年東京都生まれ。早稲田大卒、米ジョージタウン大大学院で修士号取得。89年に国連入り。国連平和維持活動(PKO)局アジア・中東上級部長や、国連開発計画(UNDP)危機対応局長・国連事務次長補などを経て、2017年5月から現職。58歳。

核兵器禁止条約
 核兵器の開発、保有、使用などの一切を禁止する初の国際条約。前文には「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記した。核兵器非保有国が非政府組織(NGO)などと連携して成立を主導。2017年7月、国連で核兵器を持たない122カ国・地域が賛成し、採択された。20年10月に批准国・地域が発効要件の50に達し、21年1月22日に発効した。現在の批准は59カ国・地域。核兵器保有国は参加していない。

(2022年1月21日朝刊掲載)

どうみる 核兵器禁止条約発効1年 <下> 長崎大核兵器廃絶研究センター副センター長 鈴木達治郎さん

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