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連載・特集

核兵器禁止条約 締約国会議を前に <1> カナダ在住の被爆者 サーロー節子さん(90)

 核兵器禁止条約は、核兵器の製造や使用はもちろん、保有や威嚇までを全面的に禁じる初めての国際規範である。その条約を具体化する締約国会議を控え、カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(90)は「核兵器禁止条約という光を手に、廃絶まで訴え続ける」と力を込める。(森田裕美)

廃絶実現 もう待てない 日本不参加 心砕かれる

  ≪禁止条約には、米国をはじめ核保有国が猛烈に反発している。米の「核の傘」に頼る日本政府も参加しない見通しだ。≫
 核保有国は核拡散防止条約(NPT)に与えられた特権として、核兵器を手放さずにきた。NPTは軍縮義務も定めるが、全くもって果たそうとしない。その無責任さに非核保有国や核廃絶を求める市民社会がいら立ちを募らせ、核兵器禁止条約が生まれた。私たちはもう待てない。核保有国と非核保有国の間の分断が言われるが、禁止条約のせいではない。

 今回の締約国会議でも、米国は同盟国の参加阻止を図り、猛烈な圧力をかけてきたとされる。日本政府はそうした流れを直視せず、無批判に米国の言い分に賛同しているように見える。

 「禁止条約は内容が充実していない」という批判もある。条文が簡素なのは意図的なもので、今回の会議がまさに議論を深める最初の機会。かつて複数の非政府組織(NGO)が起草した「モデル核兵器禁止条約」をはじめ、市民社会による取り組みの蓄積が条約の肉となり血となると思う。

  ≪米国の核戦力を基幹とする北大西洋条約機構(NATO)加盟国でもドイツとノルウェーのほか、NATOに加盟申請しているフィンランド、スウェーデンは締約国会議にオブザーバー参加する。≫
 日本政府は「核保有国と非保有国の橋渡し役」をうたうが、オブザーバーとしての参加はせず、禁止条約を推進しようとする側の意見を聞く姿勢を見せない。それでどうして両者の橋渡しができるのでしょう。

 日本政府は、参加に転じないのか。21日にウィーンで締約国会議が始まる瞬間まで諦めずに待つが…。かなわないのなら、被爆者として心を砕かれる思いだ。

  ≪今年3月、被爆地広島選出の岸田文雄首相に、締約国会議へ参加して「明確な立場表明」をするよう求める書簡を送った。日本の一部政治家から「核共有」を議論すべきだという声が上がったことも痛烈に批判した。≫
 ロシアのウクライナ侵攻で世界が動揺し、不安と無気力に包まれた時に、それに便乗するかのように被爆国の政治家が「核共有」を公言するとは由々しきことであり、恥ずべきこと。岸田首相が非核三原則を堅持する立場から、そうした議論を明確に否定する反応をしたのには安心した。

 しかし禁止条約については消極的過ぎると思う。原爆で無念の死を遂げた人々や信念を貫き声を上げ続けてきた被爆者に成り代わり、核兵器の非人道性を世界に訴え、核抑止に頼らない安全保障を探る議論をリードするよう切に願う。

 核兵器廃絶の決断をした私たち市民も禁止条約という光を手に、核兵器がなくなる日まで諦めないで頑張りましょう。

    ◇

 締約国会議や関連行事に参加する被爆者や若者たちに、意義や期待を聞く。

土台に市民社会の努力

 核兵器禁止条約の実現は、2010~12年ごろに始まった国際的なうねりが契機となった。被爆者はもちろん、世界の市民が有志国と共に長年重ねた多様な努力が土台にあってこそでもある。

 その一つが1990年代に国際反核法律家協会(IALANA)などが展開した「世界法廷運動」だった。「核兵器使用・威嚇の合法性」の判断を国際司法裁判所(ICJ)に求めるよう国連などで働きかけた。96年、ICJは「一般的に国際法違反」としつつ、究極的な状況での自衛の場合については判断できないなどとする勧告的意見を出した。

 明確に全面禁止を―。97年、運動の担い手たちが核兵器禁止条約(NWC)のモデル案を作成すると、一部の国が賛同。2007年の改訂版をコスタリカとマレーシアが核拡散防止条約(NPT)準備委員会と国連総会に提出。08年には国連事務総長の核軍縮提案でも言及された。

 だが核兵器の完全廃棄の道筋や検証も詳しく定めるNWCは、核兵器を熟知する国の交渉参加が必要となる。見通しは厳しい。反核団体の間でも多様な意見が交差した中、「禁止」先行の簡素な条約を非保有国の主導で早期締結するよう迫る動きが強まっていった。

 17年に国連採択に至った核兵器禁止条約は、英語で「バン・トリーティー(BT)」とも言われる。私たちは今、この条約を大きく育てていく出発点に立っている。(金崎由美)

さーろー・せつこ
 1932年広島市生まれ。広島女学院大卒。カナダ・トロント大で修士号(社会福祉学)。2017年のノーベル平和賞授賞式で、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))を代表して演説。

(2022年6月15日朝刊掲載)

核兵器禁止条約 締約国会議を前に <1> サーロー節子さん

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