×

連載・特集

[NPT再検討会議2022] 深まる対立 核兵器廃絶の道筋は 発効の禁止条約 どう影響

 核軍縮の道筋を探る核拡散防止条約(NPT)再検討会議が8月1~26日、米ニューヨークの国連本部である。原則5年に1度の開催だが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で2年余り延期された。この間、核超大国のロシアがウクライナに侵攻し、核兵器使用のリスクは高まった。会議の最大の焦点は核軍縮の方策などを盛り込んだ最終文書を採択できるかだが、ウクライナ問題で欧米とロシアは対立を深めており紛糾が予想される。議論のポイントや核兵器を巡る国際情勢を整理する。(小林可奈)

 再検討会議の焦点の一つとなるのは、2021年に発効し、核兵器の保有や製造を全面的に禁じた核兵器禁止条約を巡る議論だ。国連軍縮担当上級代表の中満泉事務次長は今年6月の禁止条約第1回締約国会議について「多国間外交の場で核軍縮を進める機運が維持された」と評価し、再検討会議の「追い風」になることを期待する。

 ただ、NPTが核兵器の保有を認めている米ロ英仏中の5カ国は禁止条約を批准せず、第1回締約国会議にも参加しなかった。今回の再検討会議に向けた19年の準備委員会では、禁止条約に関する文言を巡り保有国と非保有国が対立。再検討会議の議論の下敷きとなる勧告案を採択できなかった。

 禁止条約が目指す核兵器のない世界を築くためには、保有国の関与が欠かせない。そのため、締約国会議で採択した宣言は「NPTは軍縮・不拡散体制の礎」と明記した。同じく採択した行動計画でも禁止条約と既存の軍縮・不拡散体制を補完する場としてNPT再検討会議を挙げた。

 核兵器廃絶に向けた国際協調を広げるために禁止条約に賛同する国が締約国会議で打ち出した方向性が再検討会議にどのような影響を及ぼすか注目される。被爆国の日本が締約国会議のオブザーバー参加を見送った一方、欧米の「核同盟」である北大西洋条約機構(NATO)の加盟国のドイツやノルウェーはオブザーバー参加した。こうした国の発言も注目点となる。

 禁止条約が重視する核兵器の非人道性にどこまで言及するかも重要なポイントとなる。非人道性については、10年のNPT再検討会議の最終文書に「核兵器のいかなる使用も人道上、破滅的な結果をもたらすことを深く憂慮する」と明記。一方、15年の再検討会議では、合意に至らなかった最終文書を巡る議論で、保有国から「非人道性の記述が多過ぎる」との反発が出ていた。

 非人道性の議論を主導してきたオーストリアは、今回の再検討会議でもすでに「核兵器の人道的な帰結」と題する作業文書を提出している。核兵器がもたらす長期的な被害などに触れ、核兵器の非人道性を認識する必要性を説いている。ウクライナに侵攻したロシアが核兵器使用を示唆する中、使用された場合の影響を保有国と非保有国の間でどれだけ共有し、合意文書に盛り込めるかが課題となる。

露侵攻が影 合意紛糾も 各国問われる外交力

 核軍縮に向けた方策などをまとめるNPT再検討会議の最終文書の採択は、核超大国の米国やロシアを含む加盟国の合意が必要となる。そこに大きな影を落とすのが、2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻だ。

 「核戦争に勝者はおらず、決して戦ってはならないことを確認する」。1月3日、NPTが核兵器の保有を認める米ロ英仏中の保有五大国の首脳は共同声明で強調した。しかし、約1カ月の間に状況が大きく変わり、国際社会で不協和音が響いている。

 世界最多の5977個(ストックホルム国際平和研究所の1月の推計)の核弾頭を持つとされるロシアは2月以降、核兵器の使用を繰り返し示唆。ロシアと欧米の間で非難の応酬が続く中、北欧フィンランドとスウェーデンはロシアに構える形でNATOに加盟を申請し、承認を受けた。

 米英仏のほか日本も入る先進7カ国(G7)は6月にドイツで開いたサミットで、ロシアに制裁と圧力を強める首脳声明を採択した。サミットに先立つ4月の国連総会でも、G7を含む93カ国の賛成で国連人権理事会におけるロシアのメンバー資格を停止する決議案を採択。一方、中国やベトナムなど24カ国は反対し、インドやブラジルなど58カ国は棄権した。

 ウクライナに侵攻したロシアに対する立場の違いが鮮明になった中でのNPT再検討会議。核軍縮に向けた合意形成は一層困難になったとの見方は強く、紛糾は必至とみられる。

 そのような状況下で、保有国と非保有国の「橋渡し役」を掲げる被爆国の日本は、岸田文雄首相が日本の首相として初めて会議に出席する。6月の記者会見では「意義ある成果が収められるよう全力で取り組む」と強調した。

 日本被団協の被爆者たちも現地入りし「核兵器のない世界」に向けた各国の協調を訴える。国際社会の亀裂が深まる中、NPTが誠実な交渉を義務付けている核軍縮や核不拡散に向けた各国の知恵と外交力が問われる。

軍縮・不拡散・平和利用が3本柱

 1970年に発効し、日本は76年に批准。95年に無期限延長が決まった。「核軍縮」「核不拡散」「原子力平和利用」の3本柱で構成。核兵器の保有を米ロ英仏中に限定し、他の国には製造や取得を禁じる代わりに原子力の平和利用を認める。191カ国・地域が加盟している。北朝鮮は2003年に脱退を表明した。

 原則5年ごとに開く再検討会議では、3本柱の履行状況などを協議する。会議の成果として条約の運用状況や今後の方策を示す最終文書の採択を目指す。

 00年は「核兵器廃絶への明確な約束」などを盛り込んだ最終文書を採択。保有国に核軍縮を迫る重要な根拠となった。05年はブッシュ政権の米国が武力面での優勢を重視したことなどを背景に、加盟国の合意形成はできず、決裂した。

 10年は一転して64項目の行動計画を盛り込み、核兵器の非人道性について触れた最終文書を採択した。しかし、15年はイスラエルの非核化をにらんだ「中東非核地帯構想」などを巡り意見が対立し、最終文書を採択できなかった。再検討会議の3年前からは、準備委員会が毎年開かれている。

  --------------------

複数国で働きかけ必要 ■ 広島の声を国際社会に 大阪大の黒沢名誉教授に聞く

 ウクライナ情勢を背景に、核兵器を巡る国際情勢が厳しさを増す中で開かれるNPT再検討会議。2015年まで日本政府代表団顧問として再検討会議に臨んできた大阪大の黒沢満名誉教授(77)=軍縮国際法=に会議の見通しを聞いた。

  ―今回の再検討会議の行方をどう見ますか。
 10回の再検討会議の中で状況が最も厳しく、最終文書の採択は難しいだろう。その理由として、主に二つの対立点が挙げられる。一つがウクライナに侵攻したロシアの核の威嚇を巡る評価、もう一つが核兵器禁止条約についての意見の相違だ。

 最終文書の合意に向けては、米国の態度や米ロ英仏中の核兵器保有5カ国の団結が重要となる。ただ、ロシアがウクライナに侵攻したことで、世界は大きく変わった。戦火が続いている現状で、米国がロシアに妥協や協調を図ることはなく、保有国内の対立は回避できない。また、非保有国を含む各国が演説や共同声明で、ロシアを非難することも予想される。

  ―禁止条約の第1回締約国会議はNPTとの協調を示す宣言や行動計画を採択しました。それでも禁止条約は対立をもたらしますか。
 禁止条約は、核兵器の保有や使用の禁止などNPT以上の義務を課している。保有という特権を守りたい米ロ英仏中や同盟国は「NPT体制を弱体化させる」などと反対の姿勢を崩していない。禁止条約を巡る対立構造はまだ解消できていない。

  ―保有国と非保有国の「橋渡し役」を掲げる日本政府は、核軍縮に向けてどう行動すべきですか。
 日本単独では(「核の傘」を提供している)米国に配慮しがちだ。複数の国によるグループで核軍縮の貢献に努めるべきだ。再検討会議に合わせて開く非保有12カ国による「軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)」外相会合では、保有国も受け入れられるような提案を出してほしい。

  ―核兵器を巡る国際情勢が厳しい中、被爆地はどのような役割を果たせますか。
 核兵器がもたらす惨状を発信し続けてほしい。これまでの再検討会議で、被爆者は背中全体を真っ赤に焼かれた自身の写真を掲げるなどして被爆の実態を訴えてきた。体験した人の言葉は心の奥まで響く。聞いた人たちの行動、人生をも変える力がある。高齢化する被爆者の声、広島の声を国際社会に届け続けてほしい。

くろさわ・みつる
 45年大阪市生まれ。大阪大大学院法学研究科博士課程修了。日本軍縮学会初代会長や大阪女学院大教授などを歴任した。

(2022年7月31日朝刊掲載)

急務の核軍縮 難航必至 NPT会議あす開幕

年別アーカイブ