×

連載・特集

被爆地の視座 広島サミットへ中国新聞の提言  核なき日常を現実に

原爆被害の実態に向き合う

★平和記念公園を訪れ、原爆資料館を時間をかけて巡り、資料に向き合う
★被爆者の証言を聴く
★核兵器の非人道性を認識し、成果文書に明記する
★世界へ被爆地訪問を呼びかける

 原爆資料館を見学したり、被爆者の体験と平和への思いを聴いたりするのは、首脳たちが原爆被害を理解する上で欠かせない。実現する方向だが、行事として駆け足でこなすのではなく、しっかり時間をかける必要がある。

 その上で、広島サミットの成果文書に核兵器の非人道性を率直に書き込むべきだ。ロシアの反対で決裂した2022年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の最終文書案には「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的結末に対する深い憂慮」を記していた。

 首脳たちは広島を訪問後、見聞きした惨禍と感じた心情を自らの言葉で発信してほしい。各国の首脳が被爆地を訪れる呼び水にしたい。

核抑止脱却への道筋を描く

★核抑止による安全保障は幻想であり、人類にとって危険だと認識する
★安全保障政策上の核兵器の役割を減らし、核抑止政策から脱却するための真剣な議論開始を打ち出す
★戦争や紛争の平和的解決へ、外交努力を尽くす決意を示す

 核兵器保有国や、米国の差し出す「核の傘」の下にある日本など一部の非保有国は安全保障を核兵器に頼る姿勢を貫く。核超大国のロシアが非保有国のウクライナへ侵攻し、各国は核抑止力強化へ振れている。

 ロシアに近く中立外交をしてきたフィンランドは4月、核の同盟である北大西洋条約機構(NATO)に加盟。米韓は同月、NATOを模し、米国の核運用に関する情報共有の場となる協議体新設を打ち出した。

 広島サミットに先立ち、長野県であった4月のG7外相会合も共同声明で「核兵器は、それが存在する限り、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争と威圧を防止すべきとの理解に基づく」と表明。防衛目的を強調して、侵攻のために「核のどう喝」を繰り返すロシアとの違いを示唆し、核抑止を肯定している。

 しかし、「核の傘」は攻撃から身を守る「盾」にならない上、いざとなれば使う「矛」にもなる。こうした核抑止による安全保障の継続は人類にとって危険だと、被爆者や被爆地のみならず、専門家たちも指摘している。日本政府が主催し、核保有国の米ロ仏中の有識者たちが参加した「賢人会議」も2018年に「長期的かつグローバルな安全保障の基礎としては危険」と合意した。

 首脳たちは核抑止による安全保障を幻想だと認め、核兵器への依存度を下げる意思を示すべきだ。最終的に脱却する道筋を描く議論を速やかに始めたい。

核兵器禁止条約批准を誓う

★核兵器不使用の継続を誓い、G7の保有国も「使わない」「脅さない」と宣言する。その具体策として「先制不使用」政策や、非保有国に使わない「消極的安全保障」の採用・強化を打ち出し、非保有国はこれらを支持する
★包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効、核戦力に関する透明性の確保など従来ある核軍縮・不拡散策をただちに進める
★米国はロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)の後継条約の制定に向けた外交努力を確約する
★核兵器禁止条約の署名、批准を誓う。日本政府は一日も早い核兵器廃絶を望む被爆者の側に立ち推進する

 核兵器の不使用継続は、最低限の合意だ。ロシアに求めるだけでなく、G7の保有国も不使用の意思を示すべきだ。ロシアや中国、インドを含む20カ国・地域(G20)も、2022年11月の首脳宣言で「核兵器の使用や、使用の脅しは許されない」と合意しており、後退してはならない。

 目指すべきは核兵器の廃絶だ。そのために、核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有の特権が認められた米ロ英仏中は、第6条に基づき核軍縮の「誠実な交渉義務」を果たさねばならない。00年のNPT再検討会議が採択した最終文書にも「核兵器廃絶の明確な約束」がある。

 核軍縮の具体策として、まず挙がるのが核兵器の「先制不使用」だ。武力紛争中、相手より先に核兵器を使わない政策。ロシアが使用も辞さない構えを見せる今こそ必要だ。保有国が非保有国を攻撃しないという、法的拘束力を伴う「消極的安全保障」も重要だ。これらは、採択されなかった22年NPT再検討会議の最終文書案の作成過程でも取り上げられた。「核の傘」の下にある非保有国も後押しすべきだ。

 ラテンアメリカ・カリブ地域の非核兵器地帯条約(トラテロルコ条約)を例に、北朝鮮の核開発を止める手だてとして、日本、韓国、北朝鮮3カ国を含む北東アジアの非核化の真剣な議論も求められる。また、世界の核の9割を持つ米ロが軍縮を進めなければ、核戦力増強に走る中国を軍縮交渉に巻き込む見通しは立たない。

 一方で、核軍縮が遅々として進まない状況に不満を募らせた非保有国と市民社会が主導して17年に核兵器禁止条約をつくった経緯がある。あらゆる国を対象に核兵器の保有や使用、威嚇を禁じている。

 21年に発効し、これまでに68カ国・地域が批准。保有国は反発しているが、22年のNPT再検討会議の最終文書案に事実関係が盛り込まれるなど無視できなくなっている。日本も29年続けて国連総会へ出した核兵器廃絶決議案で昨年初めて禁止条約に触れた。

 広島サミットではさらに踏み込み、禁止条約の署名、批准への意思を明示すべきだ。被爆国日本の政府は、その議論をリードできる立場にある。年内にある第2回締約国会議には少なくともオブザーバー参加し、原爆の惨禍を踏まえて核兵器廃絶の議論を前に進めなければならない。

世界のヒバクシャを支える

★世界のヒバクシャに関するアーカイブを構築し、支援や軍縮教育に生かす方針を示す
★世界のヒバクシャを救う国際基金を創設する

 米国の原爆開発から広島、長崎への投下を経て、G7の米英仏を含む核兵器保有国は2千回以上の核実験を世界各地で繰り返してきた。米国が1954年に中部太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁でした水爆実験では、静岡県のマグロ漁船第五福竜丸が被曝(ひばく)。同じ太平洋の海域には延べ約千隻の日本船がいたとされる。

 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故、イラク戦争での劣化ウラン弾使用などの核被害もある。放射線が人体や環境に及ぼす影響のデータを蓄積し、原発事故時の支援や軍縮教育に役立てるべきだ。

 広島サミットの拡大会合には、被爆者がいる韓国、英国の核実験で先住民や兵士に被害が出たオーストラリアの首脳も招かれた。ヒバクシャを救う基金の創設はG7の枠を超えて支持を得られる可能性がある。核使用時にとどまらない放射線被害の広がりを保有国に認識させる意義もある。

核廃絶までG7が引っ張る

★核兵器廃絶が実現するまで核軍縮・不拡散をG7の主要議題として扱い続ける
★核軍縮の工程表を作り、管理する

 岸田文雄首相が広島サミットの開催を決め、核軍縮を主要議題に取り上げる意義は一定にある。核兵器保有国と、米国の「核の傘」に頼る国からなるG7が結束して取り組めば効果が見込める。広島サミットで真剣に核兵器廃絶について議論して成果を示し、その機運を来年以降のサミットにつなげていくべきだ。核兵器禁止条約を推進する新興国・途上国「グローバルサウス」との連携も欠かせない。

 広島市が会長都市を務める平和首長会議は2020年を核兵器廃絶の目標に掲げたがかなわず、現在は期限を定めていない。広島県は被爆100年となる45年までの廃絶を呼びかけている。G7としても核戦力の削減時期や目標を定め、被爆者が生きているうちに核兵器廃絶へ進む決意を示すよう求める。

核兵器禁止条約
 核兵器の開発、保有、使用、威嚇などの一切を禁止する初の国際条約。前文に「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記し、核兵器の使用や実験による被害者の支援などを締約国の義務とする。核兵器の非人道性に関する認識の広がりや核軍縮の停滞を背景に、オーストリアなど核兵器を持たない国が非政府組織(NGO)などと連携して制定を主導。2017年7月に122カ国・地域の賛成により国連の交渉会議で採択された。21年1月に発効し、現在は68カ国・地域が批准。米ロなど核保有9カ国のほか、米国の核抑止力に安全保障を頼る日本などは参加していない。

(2023年5月7日朝刊掲載)

[被爆地の視座] 世界から核兵器なくせる 広島サミットへ本紙提言 惨禍直視 廃絶の力に

年別アーカイブ