連載・特集

　近代日本の西洋建築に大きな影響を与えた米国人ウィリアム・メレル・ヴォーリズ（１８８０～１９６４年）。建物を設計する際には、デザインを優先するのではなく、そこで過ごす人々の幸せを一番に考えた―と伝わる。その精神がしのばれる戦後復興期の建築が、広島市西区にひっそりと残っていた。（西村文）

　木造校舎を思わせる瓦屋根の２階建て。大きな窓から、子どもの歓声とお年寄りの歌声が聞こえてくる。現在は保育所やデイサービスなどを併設している「広島キリスト教社会館」。６７年前の建設時の図面や資料、写真が保管されていた。設計は「近江兄弟社建築部」（現・一粒社ヴォーリズ建築事務所、大阪市）とある。

　施設の歴史は１９１８年、地域の貧困解消や福祉向上のために設立された「愛光園」にさかのぼる。４５年、原爆で倒壊したが、米国人宣教師メアリー・Ｆ・ジョーンズさん（２００４年、８８歳で死去）の尽力によって５７年、現名称で再建。乳幼児を預かる保育部をはじめ、小中学生の勉強会、親のための料理や洋裁教室などが開かれた。

　「ヴォーリズによる建築だったとは」。広島の建築に詳しい「アーキウォーク広島」の高田真代表は驚く。館内を見学に訪れ、まず目を留めたのは玄関から２階へと通じる階段だった。「緩やかで上りやすい。子どもの歩幅を念頭に設計されている」

　１階にあるデイサービスのスペースは、かつては礼拝堂だった。当時の写真を見ると、ヴォーリズが積極的に取り入れたという和洋折衷のデザイン。正面には被爆樹木で作られた十字架とともに、ジョーンズさんと親交のあった当時の浄土真宗本願寺派の大谷光照門主が揮毫（きごう）した軸が掛けられていた。

　２階の図書室にも「ヴォーリズらしさ」の名残があった。陽光の降り注ぐ窓の下に据え付けられた、子どもの背丈に合わせた木製ベンチ。「ここに腰掛けて、紙芝居や絵本を読み聞かせたものです」と、和田和江さん（８９）＝東区＝は回想する。広島女学院のバイブル（聖書）クラスで出会った恩師、ジョーンズさんの勧めで広島県立保育専門学校に進学、卒業後は社会館の設立・運営に携わった。

　ジョーンズさんは４８年、米国から海を渡って広島女学院高の英語教師に就いた。「日本の学生のために役立つことができる、原子戦争の罪悪について証しをすることができる」と、来日時の思いを手記に残している。やがて、原爆で失われた愛光園の再建に情熱を傾けるように。母国の教会から献金を募り、苦労して建設費を積み立てた。

　「『一円も無駄にしてはいけません』と厳しく言われ、自身の外食時は一番安い素うどんしか口にされなかった」と和田さん。一方で「子どもたちには豊かで清潔な環境を」と設計の細部にこだわった。米国から保育雑誌を多数取り寄せ、「研究するように」と和田さんに指示。ヴォーリズ事務所と何度も打ち合わせを重ねたという。

　以来７０年近く、堅固な木造建築は地域の人々に寄り添い続けてきた。近年は老朽化が進み、建て替えが検討されている。度重なる改築・改装で内部は様変わりしたが、「ここを訪れると心が安らぐ。ジョーンズ先生たち先人の思いや願い、愛が職員たちに受け継がれているからでしょう」と和田さんはほほ笑む。

　いわゆる「ヴォーリズ建築」の華麗さとは異なるたたずまいに、復興期の足跡が刻まれた社会館。「簡素な造りだが使い手に寄り添ったデザインで、当時の人々の情熱が端々から感じられる。この建物の価値はそこにある」と高田さんは考える。

原爆で破壊された名建築
　ヴォーリズは１８８０年、米カンザス州に生まれた。建築家とキリスト教の宣教活動を志し、大学卒業後の１９０５年、英語教師として来日。滋賀県近江八幡に赴任した。

　２０年にヴォーリズ建築事務所と後の近江兄弟社を設立。全国各地のキリスト教関連施設や学校、住宅、商業施設などの設計に携わったほか、米国で開発されたメンソレータムを日本で初めて販売した。６４年、８３歳で死去。手がけた建築は１５００件を超える。

　広島市内では、原爆で破壊された広島流川教会と広島女学院がヴォーリズ建築として知られた。戦後、広島女学院の学生寮などを設計したが、いずれもその後、解体されて現存していない。同じく戦後、広島市の中心部に建てた広島ＹＭＣＡの施設は７４年に湯来町（現広島市佐伯区）へ移築され、宿泊施設「ヴォーリズロッジ」として利用されている。

　尾道市因島にあるペンション「白滝山荘」は３１年に米国人宣教師一家の住宅としてヴォーリズが設計。９９年、国の登録有形文化財に登録された。

　このほかの写真は「中国新聞デジタル」に掲載しています。

　連載「モノ語り文化遺産」は今回で終わります。

（２０２４年３月３０日朝刊掲載）

広島・西区の広島キリスト教社会館　ヴォーリズ建築と判明　資料で確認　５７年築