広島からパン文化発信 高木彬子さん死去 関係者ら悼む
25年2月13日
被爆から間もない広島市で、現在のパン製造販売のアンデルセングループを夫の故高木俊介さんと創業した高木彬子さん。訃報が伝わった12日、親交があった人たちは、広島からパン文化を広めた功績や人柄をしのんだ。
彬子さんは中国・大連に生まれ、戦後に広島へ家族で移り住んだ。俊介さんと今の南区で創業した小さなパン店が原点となった。広島商工会議所の池田晃治会頭は「戦後間もなくご夫婦で創業し、広島の復興を願いパンのある暮らしを身近なものにした」とたたえた。
1967年に今の中区本通で開業した広島アンデルセンでは、客にパンを取ってもらうセルフ方式をいち早く導入。83年には、俊介さんと童話コンテスト「アンデルセンのメルヘン大賞」を創設した。
グループの持ち株会社でアンデルセン・パン生活文化研究所(中区)の沼田二郎社長は「既成概念にとらわれず自由な発想で挑戦してこられた。志を継ぎたい」とコメントした。
2004年、若手社員の希望者が共同生活しながら土を耕す芸北100年農場を広島県北広島町に設けた。元区長の高木茂さん(70)は「昨秋は農場の収穫祭にも来てくれた。八幡の自然を愛し、地域に貢献してもらった」と感謝する。
09~13年に広島商議所女性会の会長を務め、女性経営者の育成に尽くした。前会長で金物卸などの田島商店(安佐南区)の田島久子社長は「『本物だけが残る。感謝することを忘れない』という言葉が印象に残っている。一歩先を考えて指導してくれた」と惜しんだ。(森岡恭子、赤江裕紀)
高木彬子さん死去 99歳 アンデルセン 夫と創業
(2025年2月13日朝刊掲載)
彬子さんは中国・大連に生まれ、戦後に広島へ家族で移り住んだ。俊介さんと今の南区で創業した小さなパン店が原点となった。広島商工会議所の池田晃治会頭は「戦後間もなくご夫婦で創業し、広島の復興を願いパンのある暮らしを身近なものにした」とたたえた。
1967年に今の中区本通で開業した広島アンデルセンでは、客にパンを取ってもらうセルフ方式をいち早く導入。83年には、俊介さんと童話コンテスト「アンデルセンのメルヘン大賞」を創設した。
グループの持ち株会社でアンデルセン・パン生活文化研究所(中区)の沼田二郎社長は「既成概念にとらわれず自由な発想で挑戦してこられた。志を継ぎたい」とコメントした。
2004年、若手社員の希望者が共同生活しながら土を耕す芸北100年農場を広島県北広島町に設けた。元区長の高木茂さん(70)は「昨秋は農場の収穫祭にも来てくれた。八幡の自然を愛し、地域に貢献してもらった」と感謝する。
09~13年に広島商議所女性会の会長を務め、女性経営者の育成に尽くした。前会長で金物卸などの田島商店(安佐南区)の田島久子社長は「『本物だけが残る。感謝することを忘れない』という言葉が印象に残っている。一歩先を考えて指導してくれた」と惜しんだ。(森岡恭子、赤江裕紀)
高木彬子さん死去 99歳 アンデルセン 夫と創業
(2025年2月13日朝刊掲載)