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被爆75年 認定「やっと」 原告歓喜「控訴断念求める」

 被爆75年の夏、提訴から4年9カ月の時を経てようやく「吉報」が届いた。原爆投下後に降った放射性物質を含む「黒い雨」を巡る訴訟で29日、広島地裁は原告の84人全員を被爆者と認定する判決を言い渡した。「画期的な判決だ」「やっと認めてもらえた」―。老いと向き合ってきた原告に歓喜が広がった。

 広島地裁の302号法廷。午後2時、高島義行裁判長が主文を読み上げた。「被爆者健康手帳交付申請の却下処分をいずれも取り消す」。その瞬間、弁護団が笑顔を見せた。原告団の高野正明団長(82)は法廷で判決を聞いたが耳が遠く、その表情で勝訴と分かった。「本当の勝利は国の判断基準が変わったとき」。うれしさよりも身が引き締まる思いだったという。

 判決後、地裁そばの広島弁護士会館であった報告集会には支援者も集まり、喜びをかみしめた。幼少期は貧血が続き、成人してからは心疾患や白内障を発症した原告の沖昌子さん(79)=広島市佐伯区=は「体の不調に悩まされてきたのに、被爆のせいだと認めてもらえないのはつらかった。頑張ってよかった」と涙を流した。参加者は万歳して喜びを分かち合った。

 被爆者として公的な援護を受けられるかどうかの境界は、援護対象区域として「大雨地域」を指定した1976年の国の「線引き」による。原告たちは訴訟の中で「川をはさんで向こう側は放射能の雨。こちら側はただの雨。納得できない」「住民がいがみ合う原因にもなっている」。そう訴えてきた。

 「『おたくは範囲じゃない』と申請書類すら受け取ってもらえなかった。もう認めてもらえないと思っていた」。広島市佐伯区の隅谷芳子さん(80)は、安芸太田町の自宅そばで弟と遊び回っているさなかに黒い雨を浴び、2009年に大腸がんも患った。申請の却下で、青年期や幼少期の記憶を否定されたとの思いを抱いた原告も少なくない。

 原告は70~90歳代。提訴から16人が判決を聞けずに亡くなった。原告団をけん引し、今年3月に94歳で亡くなった松本正行副団長の長男信男さん(63)=安芸太田町=は「父たちの信念が通ったということでしょう。もう半年でも長く生きてくれたら…。それでもきっと本人も喜んでいると思います」。孫が墓前に全面勝訴を報告したという。

 「控訴を断念させるために明日から行動していく」と高野団長。原告団と弁護団は30日、広島市や県に思いを訴えに行く。

「内部被曝判断 歴史的な瞬間」 広島大・大滝名誉教授

 「初めて司法で正面から内部被曝(ひばく)が判断された。歴史的瞬間だ」。広島大の大滝慈(めぐ)名誉教授(69)=統計学=は29日、全面勝訴にわく原告が開いた集会で力強く宣言した。

 「黒い雨」の放射性微粒子を、呼吸や井戸水、食べ物などを通じて体内に取り入れてしまう内部被曝を研究。黒い雨を巡る2008~10年の広島市の調査に協力し、国が援護対象とする大雨地域の約6倍の広さで降ったと推定した。

 原告のよりどころとなった「大滝雨域」。判決文はデータ数の不十分さなどを指摘しつつ、黒い雨が降った地域の推定では「相応に斟酌(しんしゃく)できる」とした。「そう捉えてもらえれば十分。ほっとした」と表情を緩めた。

 判決文は、黒い雨による健康被害を評価する際に、内部被曝の可能性を検討する必要があるとも説いた。内部被曝の問題は、東京電力福島第1原発事故などでも指摘されている。

 「被爆から75年。内部被曝は科学的にもっと研究されなければならなかった。すぐにとはいかないかもしれないが、今回の判決が、危険性を見直すきっかけになればいい」(新山創)

証言で広く認定 評価

 広島大の田村和之名誉教授(行政法)の話 被爆者の認定の在り方を根底から改めるよう国に迫る判決だ。被爆直後の調査が不十分だったこともあり、雨に含まれる被曝(ひばく)線量を立証するのは困難。雨量で援護対象区域を決めるのではなく、原告の証言を基に広く被爆者と認定した点は大いに評価できる。公平な被爆者認定に向け、判決を踏まえた新たな基準を速やかに定めることが必要だ。線引きを明確にするのが難しい場合、被爆者の不利にならないようにできるだけ援護対象区域は広く取るべきだ。

被曝線量で線引きを

 東北大大学院の細井義夫教授(放射線生物学)の話 これまでの科学的な研究に基づけば、黒い雨による被曝線量が人体の健康に与える影響は極めて低いといえ、国の援護対象区域の線引きは基本的に正しい。ただ影響がゼロとはいえず、今回の判決は被爆者援護法が規定する「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」という文言を原告の立場に立って解釈し、被爆者と認める判断を下したのだろう。国は同法のあいまいな表現を改め、被曝線量に基づいて明確に線引きするべきだ。

(2020年7月30日朝刊掲載)

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