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連載・特集

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない②

 札幌市に住んでいた小学5年のとき、ジュニアオーケストラに入団した。1年後、札幌市の姉妹都市である米国オレゴン州のポートランドにジュニアオケの一員として演奏旅行に行く機会を得た。

 生まれて初めての外国で見るもの全てに興味津々。ホームステイ先の家族は私がチェロを弾くととても喜んでくれた。当時の私は全く英語ができなかったが、簡単な単語と身ぶり手ぶり、あとは「イエス」と「オッケー」で何とかなった。滞在中、何よりもうれしかったのは言葉の壁を越え、音楽を通じて共感できたことだった。

 ポートランドは福山市と同じく「バラの町」として知られ、町じゅうにバラがあふれるすてきな街だ。現地の高校のブラスバンドとの共演や演奏会にはたくさんの市民が来場し、われわれの拙い演奏にも熱心に耳を傾けてくれた。

 ホールでドボルザークの交響曲第9番「新世界より」を演奏したときのこと。終楽章の最後を飾る和音がホールに消えていった瞬間、とてつもない熱気を帯びた拍手が湧き上がり、人生で初めてのスタンディング・オベーションを経験した。「音楽が伝わった」と胸が熱くなった。終演後、ホームステイ先の家族が熱く感想を語ってくれた。「音楽ってすごいなあ」と改めて実感した。

 ホームステイ最終日、お父さんのギターと一緒にサンサーンスの「白鳥」を弾いた。リビングの暖かな空気に最後の一音が溶け、思わず涙がこぼれた。共感することの素晴らしさを教えてくれたこの経験は、その後の演奏活動の原点となった。(広島交響楽団チェロ奏者=広島市)

(2021年5月26日朝刊掲載)

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない①

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない③

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない④

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑤

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑥

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑦

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑧

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