×

連載・特集

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑤

 「アンサンブル」という言葉はフランス語で「ともに」という意味だ。ファッションでは「組み合わせて着るもの」だが、音楽の世界では2人以上で演奏することを意味し、日本語では重奏や合奏などと訳される。「もっとお互いの音を聴きあってアンサンブルしようよ」という会話は、音や気持ちを合わせるだけでなく、互いに影響し合って演奏が変化していくことも意味している。

 アンサンブルの奥深さにはまった私は桐朋学園大で学んだ後、ドイツに留学し、室内楽に明け暮れる日々を送った。なかでも刺激的だったのは、多国籍のメンバーで弦楽四重奏を組んだ体験だった。

 バイオリンが韓国人とフランス人、ビオラがドイツ人、そしてチェロが日本人の私。一応の共通言語はドイツ語だったが、英語やイタリア語も飛び交い、言葉に困ると歌いだす。みんな自己主張の強いのが当たり前で、簡単には意見を譲らない。本当に鍛えられた。

 弦楽四重奏というジャンルは、ドイツを中心とする欧州で発展した。なるほどと思ったのは、ドイツ在住30年を超す日本人のベテランチェリストの一言。「意見がぶつかり合うのが当たり前の日常だからこそ、室内楽が発展したのかな」と。確かに室内楽はみんなで少しずつ山を登っていくような感覚である。さまざまな意見をぶつけ合いながら、妥協点を見つけるのではなく、協調点を探していく。次第に、お互いの音を慈しみ合うようになる。ついに共感の扉が開かれると、全員の気持ちと音楽は一つの方向へと進み、はるかな山の頂へと至る。(広島交響楽団チェロ奏者=広島市)

(2021年5月29日朝刊掲載)

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない①

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない②

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない③

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない④

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑥

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑦

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑧

年別アーカイブ