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連載・特集

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑥

 ドイツに暮らして驚いたのは、音楽がとても身近だということだった。どんな小さな町にも教会があってオルガンや賛美歌が聴けるし、少し大きな町にはオーケストラがあり歌劇場があり音楽ホールがある。着飾って歌劇場に集いオペラを楽しむ人もいれば、普段着でふらっと立ち寄る人もいて、さまざまに音楽を楽しんでいる。音楽大の学生による演奏会であっても近隣の人々が多数集まる。

 何より驚いたのは、楽器を持って歩いていると周囲から尊重されることだった。大きなチェロケースと荷物を持って電車に乗ろうとすると、必ず誰かが手を差し伸べてくれる。混雑する電車やバスの中であっても、嫌な顔をされたことが全くない。話し掛けられて「音楽を勉強しにドイツに来ている」と言うと「すごいね。頑張って」と応援される。いつも気持ちが温かくなったものだった。

 また、ドイツでは有名な演奏家を目当てにするのではなく、純粋に音楽が聴きたいからコンサートに足を運ぶ人が多いように感じた。比較的地味なジャンルと言われる室内楽のコンサートも盛況で、同じオーケストラの楽団員が結成している複数の室内楽団を聴き比べるなど、熱狂的なファンが少なからずいた。

 広島でも室内楽のファンが少しずつ増えてきた。ドイツのように、もっとたくさんの人に気軽に楽しんでもらえるよう頑張りたいと思っている。豊かな音楽は時に川のようにわれわれの心を流れ、全てを巻き込んで広い世界へと旅をする。ライン川も太田川もいつしか広大な海へと至るように。(広島交響楽団チェロ奏者=広島市)

(2021年6月1日朝刊掲載)

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない①

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない②

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない③

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない④

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑤

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑦

緑地帯 熊澤雅樹 室内楽へのいざない⑧

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