×

連載・特集

緊急連載 上告断念 黒い雨訴訟 <下> 原告以外 どう被害救済

被告側 早期実現の責任

 「訴訟に加わっていない人への支援をどうするか、関係者と協議する宿題が残っている」。広島市の松井一実市長は、菅義偉首相が「黒い雨」訴訟の広島高裁判決を受け入れると表明した翌27日、市役所で報道陣に語った。原告84人への被爆者健康手帳の交付が確定的となる中、今後は原告以外をどう救済するかが問われる。

高齢で負担重く

 黒い雨に遭っていても、訴訟に加わった人はごく一部。既に高齢で、長期にわたる訴訟は体力や費用の面で負担が重い。被害を訴える運動に初期から携わりながら、訴訟には関わらなかった人も少なくない。市は黒い雨に遭ったものの手帳を持っていない人の数について、昨夏の時点で「約1万3千~1万4千人」との推計値を示している。

 7歳で黒い雨を浴びた原田毅さん(83)=佐伯区八幡=もそうした一人。「原告以外の救済といっても、どの範囲の人を、どう救うのか」。懐疑的な見方を拭いきれない。

 原爆投下後、下校して昼食の買い物に出た帰りに黒い雨に見舞われた。白いシャツも、ざるに入れていた豆腐も黒く染まった。その後、強いだるさや嘔吐(おうと)、下痢に苦しみ、十二指腸も患った。

 「黒い雨のせいか」と思うが、原田さんの自宅は国の援護対象区域からわずかに外。被害を訴え、国に区域拡大を求める運動に取り組んできたが、国は「科学的知見が不十分」として応じなかった。

長崎への影響も

 今回、国が受け入れた広島高裁判決は従来より広い雨域を認め、がんや白内障など11疾病の発症者に限らず、黒い雨に遭った人は被爆者に当たると判断。飲食などによる内部被曝(ひばく)による健康被害の可能性にも踏み込んだ。原田さんは「井戸水で暮らし、雨にぬれた野菜も食べた。判決は当然の考え方で、当時いた住民全てが認められるべきだ」と強調する。

 国は27日の首相談話に「原告と同じような事情にあった方々は、訴訟への参加・不参加にかかわらず救済できるよう早急に対応を検討する」と明記した。

 救済対象をどう認定するのか。田村憲久厚生労働相は「広島県、広島市と相談して(認定)指針をつくっていく」と説明。その指針に基づき、雨に遭った状況や病気などを個別に検討し認定する考えを示した。救済対象の規模は「分からない」。時期は「早く対応したい」と述べるにとどまった。

 長崎原爆の「被爆体験者」への影響も注目される。国の指定地域外にいた人たちを対象に、被爆による心理的な影響だけを認めて援護する長崎だけの制度だ。対象者は被爆者と認めるよう提訴。最高裁で2017年と19年に敗訴が確定した。

 ただ、国の援護区域の「線引き」の妥当性を否定した今回の広島高裁判決や「政治判断」での決着を受け、長崎の被爆者の範囲拡大を求める声が高まる可能性がある。

 首相談話は、広島高裁判決の内部被曝に関する部分を「過去の裁判例と整合しない」「受け入れがたい」と強調。被害認定の広がりへの警戒感を示した。

 被爆者の減少に伴い、国の被爆者対策の予算は年々減る。被爆者援護に力を注ぐ国会議員には「救済対象を広げても何千億円とかかる話ではない」との声もある。当事者が老いを重ねる中、国と広島県、市は判決を踏まえた救済策を早期に実現する責任を負っている。(明知隼二、樋口浩二)

(2021年7月29日朝刊掲載)

緊急連載 上告断念 黒い雨訴訟 <上> 首相に直談判 急転直下

緊急連載 上告断念 黒い雨訴訟 <中> 原告19人 見届けられず

年別アーカイブ