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連載・特集

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <2>

 被爆2世の有田健一医師(69)=広島市中区=が続けている被爆者への「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)。被爆体験を含めて今までの人生を振り返り、これから望む医療やケアについて語り合い、老いの人生設計をともに考えている。

長尾ナツミさん(87)=広島市中区

広島市南竹屋町(現中区)で被爆

思いを貫いて。きれいにこの世を去りたいの

 子どもたちがじっと耳を傾ける。原爆資料館(広島市中区)の会議室。この夏も、長尾ナツミさん(87)=中区=は被爆証言に熱を入れる。袖を引き上げて、腕に残る傷痕も見せる。証言に取り組んで15年。「倒れるまで続けようと思うんです。そして、きれいにこの世を去りたいの」

 ずっと被爆体験を「絶対に話さない」と決めていた。背中を押したのは、「恩師」と仰ぐ世界的なデザイナー森英恵さん(92)=島根県吉賀町出身=だった。かつて東京で森さんの助手を務めていた長尾さんに、証言をするよう勧めた。原爆に遭ったあなたの義務よ―。

 長尾さんが70歳を過ぎ、地元で続けていたデザイナーの仕事の一線を退こうとしていた頃だった。いくら恩師とはいえ、受け入れがたかった。「原爆に遭った人の気持ちが分かるの?」と。でもなぜか、その勧めをはねつけられなかった。

 考えに考えて証言を始めると、子どもたちは身を乗り出すように聞いてくれた。感想をつづった手紙が何通も何通も届いた。語る苦しみは、少しずつ和らいでいった。

 「とことんやるタイプ」なのだという。ひと月に25日も証言に立つことがあった。「被爆者だから駄目だって言われるのが一番嫌。ピカドンに絶対、負けない。それが私の一生の支えなんです」

 原爆が深く傷つけたのは、14歳の体と心だった。南竹屋町(現中区)の進徳高等女学校の校庭で熱線を浴び、全身にやけどを負った。捜しに来てくれた父や姉と古里の戸河内町(現広島県安芸太田町)へ。手当てを受けたものの、顔や腕に残る傷痕はあまりにもつらかった。

 苦しさを両親にぶつけた。実家の障子を何度も破った。すると、父は黙って張り替えてくれた。母は柔らかい布で傷をもんでくれた。それでもやけどの痕が気になって、暑い日も長袖で過ごした。次第に思うようになった。自分の着るものを、自分で作ろう。デザイナーになろう。

 愛娘がやっと描いた夢を、両親は全力で応援してくれた。東京の服飾専門学校で学び、留学はパリへ。そこで出会ったのが、森さんだった。

 東京での助手時代は、無我夢中で美の世界にのめり込んだ。早朝から深夜まで働いた。政財界や芸能界など、森さんの得意先に同行した。「支えてくれた両親には今もすまない気持ちです。でも多くの出会いがあって、今の私がある」

 仕事と同じように被爆証言にも全力を注ぐ。根を詰めて肺炎になった4年前、新たな出会いに恵まれた。当時、広島赤十字・原爆病院(中区)に勤めていた有田健一医師。「治してもらって、本当にありがたかった。何よりも、先生とは心がぱちっと通じる気がしたんです」と打ち明ける。

 診察室で、あの日からの歩みや、これからの医療の希望、老いを過ごす心持ちを聞いてもらった。重い病気になったら、胃ろうや人工呼吸は望まない。食を断つようにして自然に最期を迎えたい。ありのままに話した。

 「自分のことは自分で決める。私の信念なんですよ」と凜(りん)として語る。それを受け止めてくれる相手がいることに、安らぎを感じている。「胸の内にいっぱいあった苦しみも望みも受け止めていただいた。思いを貫く私をよく理解してもらって」

 今、被爆証言が生きがいという。「あまり無理をせんようにね」。この夏も有田医師にいたわりの言葉を掛けられ、笑みがこぼれた。「何でも一生懸命にやるのは駄目ですね。やり過ぎちゃうから、私はいけないんです」(林淳一郎)

有田医師からのひと言

「迷惑掛ける」はやめよう

 もしものときの医療や最期の迎え方について、長尾さんはしっかり決めています。そうした希望を身内に伝えないと、かえって迷惑を掛けるという考えなのです。ただ、望みをかなえてくれても、くれなくてもうれしいんだと。実に優しい。被爆体験がいかに苦しいものであっても、自分の損得ではなく、人を思って人生を歩んできた。そこに培われた寛容な心を感じてなりません。

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(2018年7月27日朝刊掲載)

自分らしく老いる 被爆者と医師の対話から <プロローグ>

自分らしく生きる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <1>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <3>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <4>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <5>

自分らしく老いる 被爆者と医師の対話から <エピローグ>

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