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連載・特集

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <5>

 被爆2世の有田健一医師(69)=広島市中区=が続けている被爆者への「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)。被爆体験を含めて今までの人生を振り返り、これから望む医療やケアについて語り合い、老いの人生設計をともに考えている。

川平文武さん(85)=広島市中区

原爆投下の翌日に入市被爆

友の名刻む慰霊碑に通う。安らかにと祈りつつ

 広島市中区の原爆養護ホーム「舟入むつみ園」で暮らす川平文武さん(85)は、今年6月、脇腹と背中に激痛を覚えた。園内の医務室にいた看護師古山陽子さん(38)が、病院に電話してくれたが、なかなか話がつかない。あまりにつらくて「早うせえ」と怒鳴ってしまった。

 胆石だった。全身麻酔をして手術を受けると痛みとともに怖さも消えた。いつも健康を気に掛けてくれる古山さんは「あの時は、のたうち回っとったもんね」と笑って言う。すると川平さんは「この人はあの時は付き添ってくれたけど、後は見舞いにも来やせん」と明るく返す。

 軽やかなやりとりができるのは、信頼の証しだ。川平さんは古山さんのいないときにぽろっと言う。「ここにおったけえ、助かったんよ」

 4年前に入園したのは、孤独死の心配が募ったからだった。自宅は呉市音戸町。妻に先立たれ、1人住まいが続いていた。昼間は軽い仕事をしていたが、夜は寂しく手酌酒。飲み過ぎて救急車の世話にもなった。地元では、家で亡くなってから1週間近くして見つかるケースが続いていた。

 小さい頃から瀬戸内海が遊び場で、10年近く勤めた東京の警視庁では水泳選手として鳴らした。今でも「潜水くらいはできるよ」と笑うが、体の衰えは年々増すばかりだ。「家におったら何かと気になるが、ここじゃ病気になっても子どもに面倒かけんでええ」と打ち明ける。

 むつみ園の暮らしには、安らぎがある。平和記念公園の端にある原爆慰霊碑にも、たびたび通えるようになった。その石碑には、広島二中(現観音高)の同級生323人の名前が刻まれている。夏の朝のまばゆい日差しの中、石碑をそっとさすりながら言う。「私の名前もここにあったかもしれん」

 一緒に入学した1945年度の1年生のほとんどは、中島新町(現中区)で閃光(せんこう)を浴びた。防火帯を造る建物疎開の作業のため、本川に沿って整列していた。

 川平さんがきのこ雲を見たのは、23キロ離れた音戸から。その翌日に目にした広島の街は、変わり果てていた。5日の夕方、広島の寄宿舎に一緒に戻ろうと訪ねてきた友人の誘いを断った。「麦刈らにゃいけん。もう1日おるわ」。命をつないだひと言は、生き残った申し訳なさとともによみがえる。

 看護師の古山さんは、川平さんの性格を「豪快なようでとても繊細」と言う。照れ屋で、話ができるようになるまでにはずいぶん時間がかかった。言葉を交わすうち「自分のことを話してくれるようになって、よかったなあと」。

 川平さんは、有田健一医師も「話をよう聞いてくれる」と言う。いつかは、母の最期について話したこともある。93歳だった母の容体が急変し、医師が気管に管を通そうとした時「もうだめなら、抜いてくれ」と延命処置をやめるよう頼んだ。母が、自然のままで最期を迎えたいという気持ちを知っていた。

 「私も人工呼吸とかはしてもらわんでもええ」。亡くなった母と同じように大学に献体する手続きは、もう済んでいる。

 今年も8月6日が巡りくる。いつものように早朝、一人で参るつもりだ。古山さんは「暑いけえ、熱中症にならんようにね」と心配してくれる。「老醜をさらしてまで生きとうない。生きるのはあと1年よ」と後ろ向きなことを言っても、明るい声が返ってくる。「それを聞いてもう、3年くらいになるよね」(衣川圭)

有田医師からのひと言

支えが生きる安心感に

 人に迷惑を掛けず、他人に弱った姿を見せないという思いを大切にしながら暮らしてこられた川平さん。老人の孤独死のニュースをきっかけに、安心を求めて入園されました。歳を重ねる中で増す不安を、医師や周囲の助けを借りて取り除けた時、生きる安心感が生まれる。それが医療の選択にも影響することを教えてくれました。

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(2018年7月30日朝刊掲載)

自分らしく老いる 被爆者と医師の対話から <プロローグ>

自分らしく生きる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <1>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <2>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <3>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <4>

自分らしく老いる 被爆者と医師の対話から <エピローグ>

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