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連載・特集

緑地帯 高木泰伸 宮本民俗学に魅せられて①

 山口・周防大島にある宮本常一記念館に勤務し、早10年が過ぎた。宮本常一記念館は正式名称を周防大島文化交流センターと言い、島出身の民俗学者・宮本常一の遺品や、瀬戸内海の暮らしの資料を収蔵・展示している。

 どれも日本人の暮らしが刻み込まれていて、資料が語る声を聞くことは10年たっても終わりが見えない。それどころか、資料は増えていっている。生活全体を掴(つか)もうとした宮本常一の名前を冠する資料館の宿命かもしれない。

 私が宮本の著作を初めて読んだのは、大学3年生の時だった。日本史を学んでいた私は、明治初期に政治システムが地域社会に浸透していった過程を記した論文を読んだ。地域での合意形成を考察するという趣旨の論文で、宮本の「忘れられた日本人」が引用されていた。早速、宮本の著作に目を通すとたちまち虜(とりこ)になった。対馬での経験を記した箇所では、ムラの古文書を見せるかどうかで、村人が議論を尽くす場面が描かれていた。それは私が故郷の熊本でみた世界で、祖父母たちが生きた時代であり、私につながる問題だった。

 歴史学では客観的なデータや証拠を大切にする。個人の思いや考えは極力排除する書き方が一般的だ。一方で宮本は自らの経験という主観を簡潔な文章に織り込み、それが読者の心に届くようになっていた。大先生に失礼な話だが、「この人は田舎のことがよく分かっている」と感じた。田舎青年の心が鷲掴(わしづか)みにされた瞬間だった。(たかき・たいしん 宮本常一記念館学芸員=山口県周防大島町)

(2021年4月30日朝刊掲載)

緑地帯 高木泰伸 宮本民俗学に魅せられて②

緑地帯 高木泰伸 宮本民俗学に魅せられて③

緑地帯 高木泰伸 宮本民俗学に魅せられて④

緑地帯 高木泰伸 宮本民俗学に魅せられて⑤

緑地帯 高木泰伸 宮本民俗学に魅せられて⑥

緑地帯 高木泰伸 宮本民俗学に魅せられて⑧

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