どうみる核兵器禁止条約発効 <1> サーロー節子さん
21年1月19日
批准国増やし実効性を 「困難な道はこれから」
核兵器禁止条約が22日、発効する。広島と長崎の被爆者の訴えや世界の反核運動が実を結び、核兵器の開発から使用に至るまでが全面的に違法となる。これを「核兵器の終わりの始まり」とするため、日本政府や被爆地に求められることは何か。被爆者や元外交官、専門家たちに聞く。
「反核運動の創生期に立ち上がった被爆者、世界各地の核実験の被害者…。みんなが諦めずに力を尽くしてきた」。カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(89)は歴史的な瞬間を心待ちにしている。
核兵器禁止条約は2017年7月、国連で122カ国・地域の賛成により採択された。昨年10月24日、50番目の国が批准したことで発効要件を満たした。南米やアフリカ、欧州の一部の国々が名を連ねる一方、核大国の米国、ロシアなど核保有9カ国や「核の傘」に固執する同盟国は加盟を拒んでいる。
条約の発効が決まった時、サーローさんは喜ぶと同時に前を見据えた。「批准国を増やし、条約の実効性を高めなければならない。困難な道はこれからだ」(桑島美帆)
廃絶への道筋 照らす光 背向ける日本に怒り
≪カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(89)は、原爆で多くの級友や家族を亡くした。語り尽くせない経験と記憶が、核兵器禁止条約を求める活動を支えた。≫
13歳の時、爆心地から約1・8キロの第二総軍司令部(現広島市東区)で被爆した。爆風で倒壊した建物に閉じ込められ、命からがらはい出した。背後で火の手が上がり、まだ建物の下にいた級友は生きたまま焼かれた。おいや姉たちは、無残な姿で息絶えた。あの記憶は私を苦しめ続けた。
≪1954年、原爆投下国の米国に渡り、結婚を機にカナダに移住。苦難を重ねながら、主に両国で反核運動を続けた。≫
こんなことを二度と繰り返させない、と決意した。それが核兵器の非人道性を告発する力になっている。時に脅迫を受けたが、犠牲者の無念を思うと口を閉ざすことなどできなかった。
≪近年は非政府組織(NGO)核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))と活動を共にし、2017年のノーベル平和賞授賞式にも登壇した。≫
「光に向かってはっていけ」。生き埋めになった時、見知らぬ軍人に掛けられた言葉を演説に盛り込んだ。この条約は、私たちにとって光だ。実現に貢献したのは被爆者だけではない。条約推進国とNGOなどが手を携え、交渉会議を成功に導いた。
核兵器に「絶対悪」の烙印(らくいん)を押す条約は、廃絶への道筋を付ける一手だ。しかし核保有国や「核の傘」に依存する同盟国は、反発している。米国はすでに条約に参加した国に、批准を撤回するよう圧力をかけているという。米国の同盟国であり、私の二つの母国である日本とカナダも「時期尚早」「条約参加を検討する国際情勢にない」と繰り返す。国際情勢が安定したことが今まであったのか。私たちはもう待てない。
≪条約発効後も、日本政府は背を向け続けている。≫
政府はうわべだけ「核兵器廃絶に向けて先頭に立つ」などと被爆者とともに歩んでいるような発言をしているが、国連総会に毎年提出している核兵器廃絶決議案も、8月6日の平和記念式典に出席した際の首相の発言も、核兵器禁止条約に一切触れない。本当に恥ずかしいことだ。
だからこそ、広島の市民はもっと怒るべきだ。市民の間で条約への関心をもっと高めてほしい。政治を動かさなければ、日本の条約参加は見えてこない。最近、若者たちが国会議員へ条約賛同を働き掛けている。うれしく、心強い。
≪新型コロナウイルスの影響でこの1年、大半をトロント市の自宅で過ごした。≫
世界は一変し、厳しい状況だ。そんな中でも、国際条約という反核運動の新たな手段を得た。毎日のようにオンライン会議に参加し、多様な人たちの発言に刺激を受けている。核兵器に脅かされない世界が、一人一人の命と人権を守り、共存できる社会の第一歩だ。そこを目指して歩みを進めていく。(桑島美帆)
さーろー・せつこ
平和運動家。広島女学院大卒。カナダ・トロント大で修士号(社会福祉学)。2017年のノーベル平和賞授賞式で、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)を代表して演説。広島市南区出身。
(2021年1月19日朝刊掲載)
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