どうみる核兵器禁止条約発効 <5> 広島大平和センター長 川野徳幸氏(54)
21年1月25日
「核の傘」問われる日本 被爆者にもジレンマ
核兵器禁止条約の発効は、非保有国を中心とした国際社会の「いかなる理由でも核兵器は要らない」との意思表示が形になったものだ。一方われわれは、核なき世界という理想と、核抑止力に頼る国があるという現実のギャップを、あらためて認識することになった。
日本の環境で言えば、米国の核抑止力があり、日本はその力に依存する「核の傘」の下にいる。北朝鮮の脅威もある。「唯一の戦争被爆国」を自認する日本は核軍縮をどう進めていこうとしているのか。国際社会からその立ち位置を問われる。
≪日本世論調査会の昨年の全国調査では条約に「参加するべきだ」とした人が72%に上った。≫
ある全国紙による被爆者アンケートでは、9割以上が核廃絶を望んでいる一方、4割が「核の傘」に安全保障を依存する日本政府のスタンスを「やむを得ない」と答えた。被爆者もジレンマを抱えている。
広島大と長崎大の学生を対象にした昨年のアンケートも同じような結果だった。8割が核兵器を「減らすべきだ」「なくすべきだ」としたが、4割が核兵器の保有が抑止力につながると答えた。
≪日本政府は「核廃絶というゴールは共有している」としつつ、「アプローチが違う」と条約に署名しない考えを示している。≫
圧倒的多数の国民や被爆者が条約を支持しながら、政府が同調できない理由は何か。結局は、日米安保条約と「核の傘」の存在に行き着く。現在の自衛力で他国が攻めてきたらどうするのかと問う意見もある。理想と現実のはざまでふたをしてきた問題について、覚悟を決めて議論して乗り越える局面がきている。
何に対する覚悟か。広島、長崎が意図しない結果、つまり禁止条約の批准に賛同を得られない世論が形成される可能性を踏まえて議論する覚悟だ。
広島、長崎の平和運動は「核兵器と人間は共存できない」という基礎的な理論をつくり上げた。それでも議論して広く問うた結果、国益を優先して条約に参加しないという民意ができる可能性はある。
核兵器が使われれば、一瞬にして多くの人命を失うだけでなく、後障害を含めて非常に長い苦痛を人々に経験させることになる。広島、長崎をはじめとした被爆者の高齢化が進み、直接体験を伝えられる人が減っていく中、原爆被害とは何かをもう一度正面から考えるときが来ている。
ようやくたどり着いた核兵器廃絶を具体化する国際条約への参加を日本が自ら閉ざすことのないよう、深く重い被爆体験を常に提示し続ける必要がある。(新山創)
かわの・のりゆき
1966年、鹿児島県生まれ。広島大大学院医歯薬学総合研究科博士課程修了。同大原爆放射線医科学研究所助手などを経て、2013年に同大平和科学研究センター(現平和センター)教授。17年にセンター長兼任。専門は原爆・被ばく研究、平和学。
(2021年1月23日朝刊掲載)
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