どうみる核兵器禁止条約発効 <3> 一橋大教授 秋山信将氏(53)
21年1月21日
保有国の意識変革促せ 政府は対話の努力を
核兵器禁止条約の発効は、国際政治に倫理的な規範を示すという点では核軍縮の前進だ。議論を方向付けるきっかけになるだろう。しかし批准はまだ51カ国・地域で、核兵器保有国は全く加わっていない。現状では法的な拘束力をもって核兵器を全て禁じているとまでは言えない。
≪「被爆国」の日本政府は条約に反対。国際社会からは厳しい視線が注がれている。≫
日本は核兵器の矛盾を体現している。広島と長崎の被害は、核の非人道性を明確に示している。同時に、米国の核抑止に頼る「核の傘」、核兵器を持つ中国や北朝鮮の存在からは、核が現実政治にいかに大きな影響を及ぼすかも明らかだ。日本は核を持たないが、その束縛から自由ではない。
日本が条約に入るとどうなるか。言葉の定義にもよるが、核使用の威嚇や援助も禁じられており、「核の傘」からは外れることになる。「核抜き」の日米同盟も理論上は可能だが、中国や北朝鮮と向き合う上で米国がそれを望むだろうか。
安全保障では、国民を守るために最悪を想定することが常識だ。中国の近年の軍事費の伸びや国際社会での振る舞いを考えると、当面は核抑止を含む日米同盟を維持しながら、核兵器の脅威や役割を減らすための対話を重ねていく努力こそが、現実的な対策ではないか。日本が今すぐに、米国との関係を損なってまで禁止条約に加わるべきだとまでは言えない。
そもそも、日本が条約に加われば核軍縮が進むというのは過大評価だ。国際政治では核を持つ「優位性」が現実として存在している。当然、核軍縮に取り組まない言い訳にするべきではないが、核を持たない日本が単独でできることは限られることも事実だ。
締約国会議へのオブザーバー参加も日本の「善意」を示すことにはなる。ただ、保有国である米国を悪役にしておいて、同時に「困ったときには助けて」と頼むに等しい。私が米国なら、そんな盟友は嫌だ。
≪バイデン新大統領は、過去に核兵器の先制不使用の立場を示している。≫
核兵器の役割低減への関心は高く、早期に議論が始まる可能性はある。ただ、新型コロナウイルスや社会の分断への対応など米国内の課題も多い。オバマ政権の副大統領として先制不使用に言及した頃とは国際環境も異なり、今後どう動くかはまだ様子見の段階だ。
核兵器のない世界は、安全保障と外交の両面で望ましい。しかし技術的には核兵器の製造は容易で、「核なき世界」は簡単に後戻りしうる。だからこそ、保有国同士に信頼関係がない今の国際環境そのものを改善しないといけない。禁止条約に保有国を含む全ての国が加入するのは、手段ではなく結果だ。非保有国の立場から、いかに保有国の考えを変えるのか。例えば日米中の3者による対話を設定するなど、日本はもっと知恵を絞るべきだ。(明知隼二)
あきやま・のぶまさ
1967年生まれ。広島市立大広島平和研究所講師、日本国際問題研究所主任研究員、在ウィーン日本代表部公使参事官などを経て現職。専門は核軍縮・不拡散。静岡県出身。
(2021年1月21日朝刊掲載)
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