どうみる核兵器禁止条約発効 <2> オーストリア前外務省軍縮局長 トーマス・ハイノツィ氏(65)
21年1月20日
人間の安全保障の礎に 抑止論封じ核軍縮を
22日に発効する核兵器禁止条約が重要なのは、禁止がなければ、核兵器の廃絶は決して実現できないからだ。生物兵器、化学兵器もまず条約で禁止し、それから廃棄している。核兵器のない世界を維持するためにも、禁止は欠かせない。
禁止条約への参加国は今後さらに増えるだろう。昨年の国連総会では、条約への参加を促す決議に130カ国が賛成した。核保有国の市民にも幅広く支持され、米国のワシントンDCやフランスのパリなど多くの都市が賛成し、政府に参加を求めている。核軍縮に向け、政治的な圧力の効果が出ているのは明らかだ。
≪永世中立国のオーストリアは条約の制定を主導。前文での「ヒバクシャ」言及を各国に働き掛けた。≫
私たちの国は、歴史的に核兵器の危険性を認識してきた。東西の軍事同盟に挟まれた冷戦期、旧ソ連がオーストリアでの核兵器投下を計画していた文書が見つかっている。米国もハンガリーとの国境付近に核を投下する計画があり、もし行われていれば甚大な影響が出ていた。
旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の影響も受けた。当時、私も幼い子どもを家から出さないよう助言された。放出された放射性物質で牛乳やキノコが汚染された。放射線の危険性は核兵器も同じだ。
私たちは核兵器が安全をもたらすとは考えない。ヒロシマを見れば分かるように、「人間の安全保障」への重大な脅威だ。苦しんできた被爆者は、核兵器の禁止が必要であることの「生きた証拠」だ。私自身、被爆者の証言とメッセージに駆り立てられてきた。
≪欧州と北米の30カ国が加盟する北大西洋条約機構(NATO)は、安全保障に核抑止力が必要だとして禁止条約に反発。核拡散防止条約(NPT)体制を弱めるとも主張している。≫
特に今日、核兵器に守られるとの考え方は意味をなさない。核関連施設へのサイバー攻撃によって核抑止力は信頼できなくなるという研究機関の報告がある。これまでに多くの重大事故があり、ミスや故障で爆発する余地も残る。使われない唯一の保障が廃絶だ。
禁止条約はNPTが核軍縮、不拡散の礎であるとの認識で作られ、その体制を強める。NPT6条は核軍縮交渉を義務づけ、加盟国は核兵器のない世界の実現を目標として約束している。だが、核保有国は核戦力の近代化を続け、6条に違反している。6条の完全な履行のため禁止が必要だ。
核軍縮を停滞させているのが核抑止政策だ。「核兵器中毒」といわれる状態を脱することが重要だ。禁止条約は核兵器と核抑止を明確に違法化し、各国が核に頼る国防政策をとるのを難しくすることを目指している。
≪第1回締約国会議はオーストリアである。日本政府の対応も注目される。≫
日本政府が決めることだが、私にはオブザーバーで会議に参加したいと考えていると想像できる。非保有国が本当に核軍縮に影響を及ぼしたいならば、核兵器に反対する立場を明確にしなければならない。安全保障戦略の上で核兵器に頼ろうとするなら、核軍縮に向けて信用できる声とはなれない。(水川恭輔)
≪略歴≫1955年生まれ。78年にオーストリア外務省に入省。2017年、同国代表として国連本部での核兵器禁止条約交渉会議に出席し、採択へ中心的な役割を果たした。今月1日、平和首長会議(会長・松井一実広島市長)の活動を支援する専門委員に就任した。
(2021年1月20日朝刊掲載)
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