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社説・コラム

第100代首相に岸田氏 国民に向き合う政治を

■編集局長 下山克彦

 第100代首相が誕生した。その岸田文雄氏は自身、長所として「聞く力」を挙げる。ならばまず国民の声に虚心坦懐(たんかい)に耳を傾け、疑問に丁寧に答えてほしい。それは約9年続いた安倍・菅体制からの脱却とも通じる。総選挙は31日投開票で走りだした。有権者が注視すべきは、まずそこだろう。

 両氏に共通したのは、敵味方をはっきり区別したことだ。人事権を行使し異論を排する姿勢は、はぐらかしや不誠実とも映る国会答弁やメディア対応も相まって、国民との距離を生んだ。一方で、公私については峻別(しゅんべつ)とは程遠く、政治不信は加速した。

 首相は「多くの声に耳を澄ます」と語る。であれば森友・加計問題が象徴する安倍・菅体制の「負の遺産」に向き合うべきだ。2019年の参院選広島選挙区での大規模買収事件が浮き彫りにした「政治とカネ」問題の解明や、脱金権政治の取り組みも大きな課題だ。

 自民党本部から河井案里元参院議員の陣営に提供された1億5千万円は、当時の現職に渡った金額の10倍に及ぶ。その趣旨は何か。誰がどう決めたのか。二階俊博前幹事長や当時総裁の安倍晋三元首相が口をつぐみ、甘利明新幹事長は早速、再調査を否定した。いったい何を守りたいのか。解明の最終責任を負うのは総理総裁だ。ましてや地元広島で起きた前代未聞の事件で、首相は煮え湯を飲まされた当事者である。政治不信を払拭(ふっしょく)する「一丁目一番地」だろう。

 懸念もある。総裁選の経緯、党の役員人事や組閣を見た時、どうしても安倍元首相の影を感じてしまうのだ。総裁選でキングメーカー然と振る舞い、強く推した高市早苗氏は政調会長に就いた。甘利幹事長との蜜月も知られる。結果的に「数は力」という、永田町の論理が幅を利かせた総裁選。背後で実力者が牛耳る権力の二重構造が生まれては、支持は遠のく。「聞く力は誰に向けてか」と皮肉る声もすでにある。

 一方、総裁選の過程で政策論争は進んだ。岸田氏が唱えた「新自由主義からの脱却」は、経済界も含め多くの党員の支持を得た。競争重視の20年間で、この国の疲弊は増した。コロナ禍で経済はより傷つき、格差は広がる。そんな折、成長の「果実」を中間層に手厚く分配する考えは時宜を得ており、多くの願いでもあろう。成長力を底上げする具体論や財源の確保に課題は残すが、社会にうっすらと広がる分断の気配を打ち消すには効果的なはずだ。

 被爆者もまた願う。政府は核兵器禁止条約の批准に背を向け、被爆地が選挙区の岸田氏も外相として追認してきた。しかし今は首相だ。発信力、責任ともにまるで違うステージに立った。核なき世界のために、来春開催の第1回締約国会議へのオブザーバー参加をまず打ち出してほしい。

 物事を動かすにはバランスも、時には配慮も必要だろう。ただ、今求められるのは、説明を尽くし、リーダーとして決然と進むことだ。実力者の影を振り払い、いかに衆知を集めるか。向き合うべきは国民である。

(2021年10月5日朝刊掲載)

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