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連載・特集

緑地帯 門田大地 大林宣彦監督の言霊 <3>

 尾道3部作の成功で日本に新しい文化が誕生した。ロケ地巡りである。現在では、フィルムツーリズムという名で国の観光産業の一翼を担っている。しかし大林宣彦監督は、自身の作品が築き上げたこの文化を良しとはしなかった。

 大林監督が愛した尾道の文化は、情報マップ片手に街を歩くことで得られるものではない。例えば、尾道にある2階建ての井戸。これは「海辺の映画館 キネマの玉手箱」にも登場する。坂の町ならではの共同井戸を使用する際には当然、下の家に声をかける。近所の人が集まり、暮らしの知識をみんなで分かち合う。夏には井戸の水は冷たく、冬にはほんのりぬるい。こうした暮らしは不便だが、数々の知恵を授かることになる。その知恵で人々は幸せになる。

 大林監督が表現していた文化とはそういう生活に代表される人間の英知のことだった。しかし、のちの新・尾道3部作「ふたり」(1991年)「あした」(95年)「あの、夏の日―とんでろじいちゃん」(99年)もヒットしたことで、尾道はますます観光地として栄えていき、観光ガイドに詳細なロケ地マップまで付くようになった。

 大林監督は、尾道が便利な町になることは望んでいなかった。「努力をしないで得た便利から人間が得るものは、無精と横着しかない。僕が映画で行ってきたのは町おこしではなく、古里の暮らしの町守りなんだ」。そう嘆いて、愛する古里尾道での撮影を1999年以降やめた。このあと20年ぶりの尾道撮影となったのが、遺作となった「海辺の映画館 キネマの玉手箱」である。(映像プロデューサー=広島市)

(2020年7月31日朝刊掲載)

緑地帯 門田大地 大林宣彦監督の言霊①

緑地帯 門田大地 大林宣彦監督の言霊②

緑地帯 門田大地 大林宣彦監督の言霊④

緑地帯 門田大地 大林宣彦監督の言霊⑤

緑地帯 門田大地 大林宣彦監督の言霊⑥

緑地帯 門田大地 大林宣彦監督の言霊⑦

緑地帯 門田大地 大林宣彦監督の言霊⑧

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