×

連載・特集

緑地帯 ちひろとヒロシマ 竹迫祐子 <2>

 その時、傍らにいた編集者、渡辺泰子の言葉を借りるなら「驚くほど執拗(しつよう)に」、いわさきちひろは、鉛筆で描き、消しゴムで消しを繰り返していた。紙はささくれ立ち、線は独特の擦(かす)れを生んだ。渡辺は「新しい紙に変えればいいのに」と思ったという。ヒロシマがテーマの絵本「わたしがちいさかったときに」の表紙の少女は、こうして生まれた。

 絵本は、広島で被爆した子どもたちの手記「原爆の子」などを基にしている。渡辺はちひろに「どの作文を書いた子でもいい。まっすぐに読者を見つめさせてほしい」と頼んでいた。描かれた少女は、唇をきゅっと結び、まっすぐにこちらを見つめている。何か語るようでいて、その口が開くことはないと思われる。子どもの内なる切羽詰まった悲しみや痛み、かなわぬ思いを少女に描いた。

 広島市出身の画家丸木位里と、俊の夫妻は原爆投下直後の広島を描いた「原爆の図」を制作するとき、試行錯誤を重ね、俊が描きこんだ絵を位里が洗い流すこともあったと伝えられる。「描いては消す」という行為は同じでも、それぞれの行為の持つ意味は異なるだろう。けれど、「描こうとするものが極めて重い」ということは共通していた。

 ちひろは日頃、筆を執るまでは時間がかかっても、一気呵成(かせい)に描く。納得いかないときは筆をおいた。この少女を描いた時のちひろは違った。少女と向き合い、痛みを受け止め、悼み、癒やし…。さまざまなものを昇華させて、深遠なまなざしの少女が生まれた。(ちひろ美術館主席学芸員=長野県)

(2018年5月23日朝刊掲載)

緑地帯 ちひろとヒロシマ 竹迫祐子 <1>

緑地帯 ちひろとヒロシマ 竹迫祐子 <3>

緑地帯 ちひろとヒロシマ 竹迫祐子 <4>

緑地帯 ちひろとヒロシマ 竹迫祐子 <5>

緑地帯 ちひろとヒロシマ 竹迫祐子 <6>

緑地帯 ちひろとヒロシマ 竹迫祐子 <7>

緑地帯 ちひろとヒロシマ 竹迫祐子 <8>

年別アーカイブ