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緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <5>

 2019年に原爆資料館本館がリニューアルされ、かつて展示されていた蠟(ろう)人形などを廃し、観覧者の想像力が問われるものに変わった。その是非について大きな議論が巻き起こった。

 近い将来、想像させることでしか戦争の悲惨さを伝承することができなくなる。それを見越しての方向修正かもしれない。しかし、見た目や内容のわかりやすさが求められる時代にあって、経験していないことを想像するのはとても困難なことだ。

 想像力には優劣もある。以前、横浜大空襲の経験者に取材した際、小学生にいかに戦後食うや食わずの大変な思いをしてきたかを話していたら、1人の子に「じゃあコンビニで買って食べればよかったじゃん」と言われて本当にびっくりした。「ここまで今の子供は想像力がなくなっているなんて…」と嘆いておられたのを思い出す。

 きちんと戦争体験者の話を聞き取った上で、それを次世代にどう伝えるのか。口承だけでは限界があるだろう。そこで、写真も含めた芸術が想像力を刺激する装置となり、伝えることを補完する装置となるのではないだろうか。

 絵画や写真などビジュアルから伝わる情報量とインパクトは膨大だ。私は大学の卒業旅行で訪れたスペインで、ピカソのゲルニカを見たときの衝撃は今も忘れない。

 生きていくこと。誰かを失うこと。それは誰にとっても不可避である。突然やってくる大切な人の喪失に自分はどう向き合い、生きた証しを残せるのか。そんなことが頭をぐるぐると巡り、しばらくその場を動けなかった。

 芸術には時代や国、文化の違いを超えて伝える力がある。今後、戦争体験伝承者と芸術家が協力しあうことも、伝承方法の一つとして有効だろう。(写真家=広島市)

(2021年10月27日朝刊掲載)

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺のこす <1>

『緑地帯』 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <2>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <3>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <4>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <6>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <7>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <8>

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