×

連載・特集

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <7>

 広島に拠点を移してから、多くの被爆者の証言会に通ってきた。しかしどうしてもヒロシマを我が事として捉えられなかった。なぜなら、限られた時間の中では8月6日の悲惨な状況が語られるばかり。その日のことだけを切り取られると、現在と断絶した出来事と感じられ、自分事として響かないもどかしさがあった。

 祖母にも戦争体験を聞いてみたが、同じく被爆とその直後のことをポツポツと話すばかりだった。それでも丹念に話を聞くうちに、悲惨な出来事だけでなく、幼い頃の将来の夢や、洋服などのお洒落(しゃれ)について、美味(おい)しかった食べ物のことなどたくさん思い出しては聞かせてくれるようになった。なんの変哲もない事ばかりだが、いま私たちが考えることによく似ているのだと分かり、ヒロシマと私の接点を見つけることができた。

 祖母の被爆体験だけでなく、彼女が戦後どのように生き、その人生がどう私に繋(つな)がっているのか。祖母の言葉を通じて、家族の物語を写真集の中で紡いだ。

 そして写真集に使用する素材にも様々な意味を込めている。

 表紙はサンドペーパーを使った。簡単に傷が付いてしまうが手で擦(こす)ればその傷は薄くなる。しかし完全に消えることはない。それが祖母の負った体と心の傷を表している。背表紙には祖母が戦時中よく木綿のワンピースを着ていたという証言から、自分で染色した木綿の布を使った。

 祖母に出来上がった写真集を見せるのは緊張した。つらい過去をを掘り返してしまったことに自責の念があったのだ。しかし祖母は「これを見て本当に元気になった。もう亡くなった被爆者の姉や母にも見せてやりたい」。そう言って写真集を大事そうに抱きしめてくれた。(写真家=広島市)

(2021年10月30日朝刊掲載)

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺のこす <1>

『緑地帯』 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <2>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <3>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <4>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <5>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <6>

緑地帯 藤井ヨシカツ 手製写真集で記憶を遺す <8>

年別アーカイブ