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被爆地広島 地元紙の原爆平和記事

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  • 『書評』 原爆と俳句 永田浩三著 弔いと憤怒の強い意志

    25年5月4日 社説・コラム

     ヒロシマの椅子が足りない蟬しぐれ(伊達えみ子)  表紙には木下晋の鉛筆画による、羽化したばかりのセミ。原爆俳句の中で最も詠まれているという。「木下さんの蟬(せみ)に誘われ、死者は眠り、生者は生きていく」と著者。  評者は本紙の天風録に俳句をよく引用したが、本書を読み自分の理解の至らなさを知る。17音の文学の苦闘もまた知った。  戦時下の俳人は弾圧された。厭戦(えんせん)気分を句に込める会員...

  • 25年5月4日 社説・コラム

    天風録 『FFの種』

     祭りの種は50年前の秋にまかれた。平和大通りを30万人が埋めたカープの初優勝パレード。時速3キロの特別仕様車で進むナインに、誰もが笑顔で手と小旗を振った。赤い...

  • 25年5月3日 社説・コラム

    社説 戦後80年の憲法記念日 平和的生存権 見つめ直そう

     第2次大戦後の国際秩序が大きく揺らぐ中、日本国憲法はきょう、施行から78年を迎えた。戦後日本の指針として、憲法に掲げた平和主義の誓いを新たにしたい。  〈わ...

  • 25年5月1日 社説・コラム

    社説 世界の軍事費 歯止めの議論 今こそ必要

     国際社会は危機感を持ち、歯止めの議論に入るべきだ。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が、2024年の世界の軍事費支出を発表した。2兆71...

  • 25年5月1日 社説・コラム

    [歩く 聞く 考える] 客員編集委員 佐田尾信作 ベトナム戦争終結50年

    「トンネル村」は何を伝える  共産圏の浸透を防ぐという大義名分で米国が内戦に介入したベトナム戦争が、終結から50年を迎えた。「民族の世紀」と「アメリカの世...

  • 25年5月1日 社説・コラム

    天風録 『海に生きる者』

     動物文学で知られる椋鳩十(むくはとじゅう)に、おどろおどろしい題名の異色作がある。「地獄島とロシア水兵」だ。舞台は萩の沖合45キロに浮かぶ見島。120年前の5...

  • 25年4月24日 社説・コラム

    [記者×思い] 核廃絶 理想と呼ばないで 東京支社編集部 宮野史康

    1日12時間寝るのが理想の37歳。  会見室から出てきた岩屋毅外相は、私の腰にそっと手を回すしぐさで「気持ちは分かるよ」とつぶやいた。2月18日夕。記者会...

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証言 記憶を受け継ぐ

『記憶を受け継ぐ』 原田敬二さんー幼さ残る女学生「水を」
『記憶を受け継ぐ』 本谷量治さん―「生き残った」苦悩抱える
『記憶を受け継ぐ』 金花子さん―負った「二重の苦しみ」
『記憶を受け継ぐ』 矢野美耶古さん―生き残り 自分を責めた
『記憶を受け継ぐ』 吉田章枝さん―頭蓋骨を抱き泣いた母
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ジュニアライター発信

中国新聞ジュニアライターの中高生

『ジュニアライター発』 長崎を訪ねて 広島と同じ被爆地 理解深める

 私たちは3月下旬(げじゅん)、広島学院中(広島市西区)の修学旅行で長崎市を訪(おとず)れ、平和学習をしました。  松山町の平和公園には「平和の泉(いずみ)」があり、碑文(ひぶん)に「のどが乾(かわ)いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが 一面に浮(う)いていました」と刻(きざ)まれていたのが印象的でした。広島と同じように多くの人が大やけどを負い、水を求めた惨状(さんじょう)が伝わっ

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動画で平和発信

トロント市民へ、平岡敬さんからのメッセージ

 被爆79年の8月6日(現地時間)、サーロー節子さんたちがカナダ・トロント市庁舎前広場で開いた集会で放映された平岡敬・元広島市長のメッセージ動画です(撮影・山田尚弘) 記事はこちら...

動画一覧

遺品 無言の証人

中国軍管区司令部で被爆した八木さんの革脚絆=1973年、八木実さん寄贈(撮影・山田尚弘)

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学ぼうヒロシマ
平和学習新聞

2022年度改訂版