被爆地広島 地元紙の原爆平和記事
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[被爆80年] 812人の名簿 遺族に届け 広島市、自治体などに発送
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25年7月1日 ニュース
[戦後80年 芸南賀茂] 防空壕 母の声頼りに 呉の空襲 家族は命をつないだ
多くの遺体 外は焼け野原 80年前の7月1日の真夜中から、米軍機は無数の焼夷(しょうい)弾を呉市街地に落とした。和庄地区の防空壕(ごう)では逃れてきた多...
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25年7月1日
連載・特集
緑地帯 イシズマサシ モメント・イン・ピース 平和的瞬間③
東京タワーで展示した原爆と平和をモチーフにした作品の後日談。この二つの作品を缶バッジにして、売り上げは全て日本ユニセフ協会に寄付する「寄付ガチャ」にしませんか...
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25年7月1日 ニュース
東混、「原爆小景」披露へ 広島で6日 地元合唱団と公演 山下一史さん指揮 「平和の尊さを共有」
「東京混声合唱団と共につくるコンサートinヒロシマ」が6日、広島市中区のJMSアステールプラザである。東京混声合唱団(東混)が被爆2世の指揮者山下一史さん(6...
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25年7月1日 ニュース
外交官たち 被爆証言聴く 軍縮フェローシップ 資料館を見学
軍縮の専門家を育てる国連の研修「軍縮フェローシップ」で、アフリカや中東など約20カ国の外交官たちが30日、広島市の平和記念公園(中区)を訪れた。原爆資料館を見...
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25年7月1日 ニュース
国連軍縮部 レジンバル欧州事務所長 若者の核廃絶活動 高く評価
「軍縮フェローシップ」に合わせ広島を訪れた国連軍縮部欧州事務所(スイス・ジュネーブ)のメラニー・レジンバル所長が30日、中国新聞のインタビューに応じ、若い世代...
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25年7月1日
社説・コラム
天風録 『呉空襲80年』
八幡さんと呼ばれ、市民に親しまれる。呉の総氏神、亀山神社は令和の大修繕で一つ工夫した。あの夜、米軍の焼夷(しょうい)弾が落ちて傷痕が残ったこま犬の台座を保存し...
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[被爆80年] 812人の名簿 遺族に届け 広島市、自治体などに発送
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25年7月1日 ニュース
[戦後80年 芸南賀茂] 防空壕 母の声頼りに 呉の空襲 家族は命をつないだ
多くの遺体 外は焼け野原 80年前の7月1日の真夜中から、米軍機は無数の焼夷(しょうい)弾を呉市街地に落とした。和庄地区の防空壕(ごう)では逃れてきた多...
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25年7月1日 ニュース
東混、「原爆小景」披露へ 広島で6日 地元合唱団と公演 山下一史さん指揮 「平和の尊さを共有」
「東京混声合唱団と共につくるコンサートinヒロシマ」が6日、広島市中区のJMSアステールプラザである。東京混声合唱団(東混)が被爆2世の指揮者山下一史さん(6...
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25年7月1日 ニュース
外交官たち 被爆証言聴く 軍縮フェローシップ 資料館を見学
軍縮の専門家を育てる国連の研修「軍縮フェローシップ」で、アフリカや中東など約20カ国の外交官たちが30日、広島市の平和記念公園(中区)を訪れた。原爆資料館を見...
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25年7月1日 ニュース
国連軍縮部 レジンバル欧州事務所長 若者の核廃絶活動 高く評価
「軍縮フェローシップ」に合わせ広島を訪れた国連軍縮部欧州事務所(スイス・ジュネーブ)のメラニー・レジンバル所長が30日、中国新聞のインタビューに応じ、若い世代...
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25年6月30日 ニュース
[被爆80年] 被爆2ヵ月後の広島 記録動画に映る竹本さん 東京の企画展でイベント
「原爆 生き残った人も苦しめた」 東京都写真美術館(目黒区)で開催中の「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」で公開されている日本映画社(日映)の原爆記録...
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25年6月30日 ニュース
[ヒロシマドキュメント 1946年] 6月 市営市場を各地に開設
1946年6月。広島市が市営市場を開設した。食糧難のため、法外な値段でも頼らざるを得なかった闇市への対策。己斐(現西区)をはじめ、市内各地に広げた。 6月...
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原爆資料 継承するために 広島で19日 国際シンポ「未来への記憶の遺産」
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25年7月1日
連載・特集
緑地帯 イシズマサシ モメント・イン・ピース 平和的瞬間③
東京タワーで展示した原爆と平和をモチーフにした作品の後日談。この二つの作品を缶バッジにして、売り上げは全て日本ユニセフ協会に寄付する「寄付ガチャ」にしませんか...
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25年6月29日 連載・特集
[ヒロシマドキュメント 被爆80年] 1945.8.6~2025 核兵器の惨禍 人類の世界史に
「このような記録は、私たちの写真が永遠に最後であるように」 広島の被爆と、そこからの市民の歩みを追った「ヒロシマ ドキュメント」。昨年8月から4編計35...
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25年6月25日
連載・特集
緑地帯 イシズマサシ モメント・イン・ピース 平和的瞬間②
生まれ育った広島の街を舞台に描いたこわい絵本「あっちがわ」の展示会を、一昨年から2度ほど東京タワーで開催した。1度目は原画をメインに、2度目は新作を紙芝居にし...
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25年6月24日 連載・特集
戦後80年 芸南賀茂 工廠の学徒たち <上> 兵器生産 青春犠牲に
戦時中、呉市には、戦艦や戦闘機などを造る工場が集まっていた。男性たちが戦地に赴き、労働力不足を補うために1944年から、10代の子どもが呉や広の海軍工廠(こう...
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25年6月24日 連載・特集
緑地帯 イシズマサシ モメント・イン・ピース 平和的瞬間①
執筆家、写真家、絵描き、デザイナーなどの肩書で仕事をしているが、私の場合アートワークの基盤にあるのは全て絵だと思っている。構図や色味といった感覚的なことだけで...
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25年6月21日 連載・特集
広島と映画 <12> 俳優 八嶋智人さん 「惑星ラブソング」 監督 時川英之(2025年公開)
平和を考え動き出そう 奈良市にある僕の実家は大仏様から歩いて10分ほど。悠久の時がゆったりと流れ、色濃く残る歴史を肌で感じます。 2012年から広島...
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[知っとる? ヒロシマ調べ隊] 時間差あり揺れる表記 長崎は変更
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25年7月1日
社説・コラム
天風録 『呉空襲80年』
八幡さんと呼ばれ、市民に親しまれる。呉の総氏神、亀山神社は令和の大修繕で一つ工夫した。あの夜、米軍の焼夷(しょうい)弾が落ちて傷痕が残ったこま犬の台座を保存し...
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25年6月27日
社説・コラム
社説 米大統領の発言 核使用の結末を直視せよ
核が人類に何をもたらすのか、いまだ想像さえできないのだろう。またしてもトランプ米大統領から、信じ難い言葉が飛び出した。 米軍によるイランの核施設攻撃がイス...
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25年6月26日
社説・コラム
天風録 『歴史的勝利とは…』
初の金メダル獲得か、弱小チームが強豪を下したか。「歴史的勝利」というと、スポーツなどの劇的な試合が思われる。敗れた方はぼうぜん自失のはず。ところが今回は双方が...
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25年6月25日 社説・コラム
[歩く 聞く 考える] 戦後80年と戦艦大和 生々しい死を抜きにできない 立命館大アジア・日本研究所専門研究員 塚原真梨佳さん
呉で生まれた旧海軍の戦艦大和が鹿児島沖で米軍に撃沈されて80年。日本敗戦を象徴した巨大艦は技術大国の礎になったとよく語られるが、日本人の戦後の大和観はさまざま...
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25年6月24日
社説・コラム
社説 沖縄戦80年 今も続く痛み 忘れまい
20万人以上の命が失われた沖縄戦は、旧日本軍の組織的な戦闘が終わってからきのうで80年を迎えた。犠牲者の冥福を祈るとともに、不戦を誓い、惨禍を正しく伝えていく...
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25年6月24日
社説・コラム
天風録 『艦砲ぬ喰ぇー残さー』
「てぃだ」は沖縄の言葉で太陽を指す。その昔はリーダーを表したという。全国で順次公開中の映画「太陽(ティダ)の運命」は米軍基地を巡り日本政府と激しく対立した沖縄...
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証言 記憶を受け継ぐ
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ジュニアライター発信
中国新聞ジュニアライターの中高生
『ジュニアライター発』 朗読劇「第二県女」を見て 想像した原作者の信念


大阪のグループによる朗読劇(ろうどくげき)「広島第二県女(けんじょ)二年西組」が5月中旬(ちゅうじゅん)、広島市中区で上演(じょうえん)されました。原爆投下時に爆心地から約1キロの雑魚場(ざこば)町(現中区)で建物疎開(そかい)作業をしていた広島県立広島第二高等女学校(現皆実(みなみ)高)2年の生徒たちを追った作品です。 被爆死した生徒のうち本地文枝(ほんじふみえ)さんのエピソードが特に心に
記事一覧動画で平和発信

2025ひろしまフラワーフェスティバル 中国新聞ジュニアライターの発表
中国新聞ジュニアライターが5月3日、平和記念公園(広島市中区)のカーネーションに登場。「声で届ける平和」をテーマに、原爆詩と自分たちで作った詩を朗読し、ウクライナからの避難者や崇徳高(西区)新聞部の生徒と「アオギリのうた」を合唱した。...
動画一覧